祐天上人と玄忠寺


  江戸時代に起きた実話を基にして作られたという『累が淵(かさねがふち)』という怪談話はとても有名な話で、古くから映画や落語で上演されてきました。その伝説に登場するのが江戸時代、芝・増上寺の法主も勤められた高僧、祐天上人。法力(呪術)をもって、念仏を称えて女性の怨霊を成仏させたということです。

  その祐天上人が玄忠寺へ立ち寄っておられるとのこと。実は、祐天上人を出家へと導いたのが、上人の伯父でもある玄忠寺第七世・休波上人であったのです

 

 玄忠寺の本堂には由緒ある子育て・延命地蔵尊が祀ってあります。 平成8年に営まれた中国地蔵尊記念法要の際に色を塗り直しているので新しく見えますが、実際の建立時期は江戸時代に遡ります。玄忠寺の地蔵尊縁起に以下のように伝わっております。

 

 江戸時代中期、全国行脚の旅に出ていた祐天上人は、はるばる伯父・休波上人を尋ねて来鳥されました。その噂を聞き付けて、玄忠寺の本堂は参詣者で満ち溢れたとの事です。

 

 その参詣者の中に、子宝に恵まれず悩んでいた女の方がいらっしゃいました。祐天上人は、その女性に南無阿弥陀仏と書いた直筆のお名号を渡し、念仏を称える事を勧めたとの事。ほどなくその女性は男子を授かったとの事です。そのお礼に寄贈されたのがこのお地蔵様です。

 

どこでお聞きになったのか、今でも時折女性の方がお地蔵様を尋ねてお参りに来られます。

 

 

   祐天上人のお名号(「南無阿弥陀仏」と書き記した紙)には大きな功徳があり、現世利益があるとされます。当時、徳川家のような有力者から一般庶民に至るまで、その名号にあやかろうと祐天上人を訪ねて多くの人々が集まってきました。祐天上人は全国を行脚し、名号を書き続けたとされます。玄忠寺にも祐天上人の名号の掛け軸や、名号を彫りこんだ石塔が祀られております。